三、家
ジョバンニが勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆いが下りたままになっていました。(以下中略)
四、ケンタウスル祭の夜
ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、檜のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。
「銀河鉄道の夜」より
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これは、活版所を後にしたジョバンニが自宅へと帰ってきたときと、自宅から街へ出かけるときの様子である。
盛岡市内における賢治氏の下宿先については、第二話五章で触れたところであるが、実は、大正2年、「清養院」に下宿した後、目の前にある「徳玄寺」にも下宿していたのである。
あまりの短期間故、多くの年譜などでも、このことは割愛されている。
故に、私も、ここを検証の対象から外していたのであるが。。。
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(マウスオンにて、自宅から街方向への軌跡を表示)
これは、大正9年刊行の「盛岡市街府瞰図絵」によるものであるが、ここは、北山に向かっての中腹あたりに位置し、坂の上にある。
更に、下のものは、第二話十一章で用いたものに、この「徳玄寺」の位置を示してみたのが、下記のものである。
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これにより、更に「
家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいって」という一節にも具体性が出てきたのである。
「角」ではない。「町」を三つ曲がってとあるとおりだったのである。
やはり、賢治氏が描いたジョバンニの住む街は、当時の盛岡市そのものだったのである。
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現在の北山通りの様子は、「395の落書き帳」さまからご覧いただけます。
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