ページトップへのバック用アイコンTOP > 箱庭の賢治氏
第一話二十三章 南十字座
「北十字」から始まり「南十字」で終わる銀河軽便鉄道の旅。
「木星」にも「オメガ星雲」にも、そして、「リギル・ケンヌウルス」にもいなかった妹のトシ氏。
そして、ジョバンニも再び、現世へと戻ることになる。


九.ジョバンニの切符

「さあもう仕度はいいんですか。じきサウザンクロスですから。」
ああそのときでした。見えない天の川のずうっと川下に青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木という風に川の中から立ってかがやきその上には青じろい雲がまるい環になって后光のようにかかっているのでした。汽車の中がまるでざわざわしました。みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお祈りをはじめました。

(中略)

「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどおんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一諸に進んで行こう。」

「銀河鉄道の夜」より



北極星の存在しない南半球では、南十字座が航海したりする際の目安となる。
かつて、人類はほとんど南半球には住んでいなかったこともあり、南半球には、神話に基づく星座は少ない。
赤道へと近づけば、北半球からも「南十字座」を眺めることができる。
このため古代ローマでは「カエサルの玉座」とも呼ばれ、かつては、「ケンタウルス座」の一部とされていたが、17世紀に入り、独立して「南十字座」と名づけられた。

「南十字座」の左手下には、「白鳥座」と同じコールサック(石炭袋)がある。

南十字座イラスト


「白鳥座」のコールサックから銀河軽便鉄道に乗り込んだジョバンニは、カンパネルラが天界に到達するのを待っていたかのように、「南十字座」のコールサックを通り、元の天気輪の丘へと戻ってきたのである。

ジョバンニが「白鳥座」のコールサックから乗り込んだと物語の中で断定していたとしよう。
すると、我々読者は、たぶん終着駅は「南十字座」のコールサックであろうと容易に察してしまう。
これは、推理小説などで、物語の冒頭に犯人を書いてしまうのと同じになってしまう。

宗教的、さまざまな思いをこの物語に織り込みながら、なおかつ、科学的にも構築されている。
未完成ながら、この物語が文学としても、不動の位置にあるのは、さまざまな物語としての要素を全て備えているからなのであろう。
シューベルトの「未完成交響曲」やブルックナーの「交響曲第九番」と同じなのである。


第一話二十二章へ戻ります  コンテツメニューへ  第一話二十四章へ進みます


indexページへ戻ります トップページへ戻る  ページ最上部へスクロールします ページのトップへ