ページトップへのバック用アイコンTOP > 箱庭の賢治氏
第一話二十四章 再び・・・

そしてたったいま夢であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊にけむったようになってその右には蠍座の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。

これは、再び天気輪の丘へと戻ってきたジョバンニが見た天空の様子であるが、最終稿で書き加えられた部分である。

「博士ありがたう、おっかさん。すぐ乳をもって行きますよ。」
ジョバンニは叫んでまた走りはじめました。何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸に集って何とも云えずかなしいやうな新しいやうな気がするのでした。
琴の星がずっと西の方へ移ってそしてまた蕈のやうに足をのばしてゐました。


一方、この「ずっと西の方へ移ってた」いた「琴座」が登場するのは、最初稿で書かれ、最終稿で削除れた部分で、最初稿は、この文章で物語を閉じている。

大正7年8月6日、「蠍座」のアンタレスが地平線に入るのは、23時34分である。
故に、最終稿では、ジョバンニが「南十字座の」コールサックを通り抜け、天気輪の丘に戻ってきたのは、この時刻より前となる。


「さあいゝか。だからおまへの実験はこのきれぎれの考のはじめから終りすべてにわたるやうでなければいけない。それがむづかしいことなのだ。けれどももちろんそのときだけのものでもいゝのだ。あゝごらん、あすこにプレシオスが見える。おまへはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。」

(中略)

あのセロのやうな声がしたと思ふとジョバンニはあの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹き自分はまっすぐに草の丘に立ってゐるのを見また遠くからあのブルカニロ博士の足おとの しづかに 近づいて来るのをききました。


この部分は、初期形で追加され、最終形で削除された部分である。
ジョバンニが天気輪の丘に戻った時刻を推定する鍵は、この文章にある。


ベガとアンタレスを表示

つるちゃんのプラネタリウム使用

第十二章で述べたように、ジョバンニが汽車に乗り込んだのは、現世での21時15分。
そして、現世でのジョバンニの死亡時刻は23時。

天気輪の丘で目を覚ましたジョバンニは、牛舎に寄った後、「カムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋」に到着することになる。
そして、ここで「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」というカンパネルラの父親の言葉を聞くのである。
つまり、天気輪の丘へ戻ってきたのは、23時の数分前となるのであるが、初期稿に登場した「プレシオス」とはプレヤデス星団「Pleiaades」(すばる)のことを指し、これは意図的、あるいは誤記により「プレシオスとになったとされている。
そして、8月6日に、この星が地平線から姿を現すのが、22時54分なのである。
最初稿から最終稿へと表現やストリーとしての変遷はみられたものの、舞台である銀河については、殆ど変わっていない。
つまり、このプレヤデスが見える22時54分こそが、天気輪の丘に戻ってきた時間なのである。

尚、プレヤデス星団は、各星の重い重力によって集団を支えあっており、将来は分散すると言われているが、これが解明されたのは、1961年のことである。
賢治氏は、それよりはるか前に、プレヤデスを用いて「プレシオスの鎖を解かなければならない。」と表現していたのは見事としか言いようがない。

(「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの鋼を解くことができるか。」という一節が旧約聖書の「ヨブ記」38章31節に登場しており、これから引用したものと推測はできるのであるが。)



ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。
そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。

これは、ジョバンニが天気輪の丘へと戻ってきて、牛舎へ立ち寄り、カンパネルラが川へ落ちたところへ到達する直前の文章である。
この表現からは、5分程度の経過時間とはとれない。
ここへ到着し、カンバネルラの訃報を聞き、更にお父さんが「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」と宣告する時間が、第十二章で考察した23時20分なのであろう。

尚、最初稿では、天気輪の丘へと戻ってきたジョバンニが、かなり長い時間に渡って会話することとなり、「琴座」がかなり移動したことで、時間の経過を表現したもので、最終稿では、この会話を削除し、牛舎に立ち寄ってすぐに訃報を聞くこととなったため、この琴座の動きを削除したものと推測される。


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