ページトップへのバック用アイコンTOP > 箱庭の賢治氏
第ニ章四話 もう一つの盛岡市
賢治氏がこの物語の舞台としたのは、盛岡市であろうと推測はつくものの、この場所の特定は難しい。
しかも、最初稿と最終稿では、かなり表現が違っているのである。
以下は、その相違点の対比である。

最初稿 最終稿
そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも云へずさびしくなって、いきなり走り出しました。すると耳に手をあてゝ、わああと云ひながら片足でぴょんぴょん跳んでゐた小さな子供らは、ジョバンニが面白くてかけるのだと思ってわあいと叫びました。どんどんジョバンニは走りました。
けれどもジョバンニは、まっすぐに坂をのぼって、あの檜の中のおっかさんの家へは帰らないで、ちゃうどその北の町はづれへ走って行ったのです。そこには、河原のぼうっと白く見える、小さな川があって、細い鉄の欄干のつゐた橋がかかっていました。
(ぼくはどこへもあそびに行くとこがない。ぼくはみんなから、まるで狐のやうに見えるんだ。)
ジョバンニは橋の上でとまって、ちょっとの間、なき出したいのをごまかして せわしい息できれぎれに口笛を吹 いて 立っていましたが、俄かにまたちからいっぱい走りだしました。

五、天気輪の柱

川のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。
そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて向うにぼんやり橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも云えずさびしくなって、いきなり走り出しました。すると耳に手をあてて、わああと云いながら片足でぴょんぴょん跳んでいた小さな子供らは、ジョバンニが面白くてかけるのだと思ってわあいと叫びました。まもなくジョバンニは黒い丘の方へ急ぎました。  

五、天気輪の柱

牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。

下矢印

檜の中に建つ自宅に戻らず

まっすぐな坂を登る

小さな川のある北の町のはずれ

川のうしろのゆるい丘


牧場のうしろのゆるい丘

概要については、第二章三話で推定したところであるが、これを最初稿と最終稿とで対比させてみると、明らかに天気輪のある丘の場所は違っているのである。
最初稿については、親友であった藤原健次郎氏へのレクイエム的なものであったが、妹のトシ氏の死によって、この物語は、トシ氏への傾斜の強いレクイエムへと変遷している。
このため、賢治氏は、現界から四次空間への橋渡しとなる舞台である丘を変え、、それに伴い、丘の表現も加筆修正されたものであるという推測が成り立つのである。

更に、牛舎を出た直後の表現にも、最初稿と最終稿では、表現が違っている。

最初稿 最終稿
「さうですか。ではありがたう。」ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ました けれども、なぜか泪がいっぱいに湧きました。

(中略)

ジョバンニは、せはしくこんなことを考へながら、さっき来た町かどを、まがらうとしましたら、向ふの雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火を持ってやって来るのを見ました。
「そうですか。ではありがとう。」ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ました。
十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火を持ってやって来るのを見ました。


次章では、この相違点から、再度、丘の場所を推測してみる。


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