九、ジョバンニの切符 ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。
そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。 ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談しているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。 ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。
「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉にジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査も出ていました。
ジョバンニは橋の袂から飛ぶように下の広い河原へおりました。
「銀河鉄道の夜」(最終稿)より
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これは、丘で目覚めたジョバンニが牛乳屋を出て、カンパネルラの水難を知るまでのところである。
橋については、前章に記したところであるが、この文章を元に夕顔瀬橋まで至ろうとすると、非常に不自然な道のりとなってしまう。
一番下流に位置する「明治橋」の下流域にも瀬があることから、ジョバンニがたどり着いた橋は、こちらの方ではないかという気がするのであるが、ジョバンニの進行方向の右手に橋がぼんやり見えるとある。
つまり、丘を後にしたジョバンニは川の上流から下流に向かっていたということになるのである。
こうなると、「開運橋」の下流にも雫石川との合流域に大きな瀬があり、ジョバンニは「そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますと」とあることから、橋とは「開運橋のことではないかという推測も成り立つのであるが、残念ながら、当時、十字路から右手に、この橋へと至る道は、下記の4ヶ所しかなく、牛乳を抱えたまま、自宅とは反対方向へと向かわなければならない。
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消去法によると、ジョバンニが最終的にたどり着いた橋は「夕顔瀬橋」ということになるが、再び「牛乳屋」への疑問が湧いてくることになる。
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