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第二話七章 川の変遷
盛岡で盛大に執り行われる「船っこ流し」は、盛岡駅をはさんだ「夕顔瀬橋」と「明治橋」で毎年行われているが、舞台となる北上川の雰囲気は、かなり様変わりしている。



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北上川は昔から水害の多い河川で、記録が残っている1600年以降から2000年頃にかけて340回以上の水害に見舞われている。
このため、明治時代に入り、政府による治水工事が行われ、明治44年からは新放水路を作る分流工事が行われ、昭和9年に新北上川を東遷させた。
現在は、多くのダムが作られ、水害も頻繁ではなくなったが、盛岡市上流の四十四田ダムが完成したのは、昭和26年のことであった。
また、堤防の整備は現在も進められている。
このため、当時、賢治氏が眺めていたであろう川面と現在の状況では、水量や雰囲気なども、かなり異なっている。
しかし、「銀河鉄道の夜」に登場する橋は、このいずれかの橋であることには違いない。
次章では、これを考察してみる。


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