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第三話三章 「秋とホタル」

この物語には、車窓からの草花として、秋の七草でもある「すすき」「りんどう」「河原なでしこ」が登場する。


「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。 (六、銀河ステーションより)

「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨の匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。 (九.ジョバンニの切符より)


これは、ジヨバンニが汽車に乗り込んだ直後と、車中で鳥捕りが消えた後、青年と姉弟が登場する直前の文章であり、「ケンヌウル祭」は、秋に行われるという解釈になる。
「立秋」は二十四節気の一つで、太陽が黄経135度点を通過する日であり、毎年8月7日頃がこれにあたり、この日をもって、季節は夏から秋へと移り変わる。
そこで、この物語の成立前後の立秋を書き出してみる。


年月日 時刻 月齢
大正5年8月7日 6時 7.8 (八日月)
大正6年8月8日 12時 20.0 (更待月)
大正7年8月8日 18時 1.5 (二日月)
大正8年8月9日 0時 12.4
大正9年8月8日 6時 23.0
大正10年8月8日 12時 4.3
大正11年8月8日 17時 14.8 (満月)
大正12年8月8日 23時 25.5 (有明月)
大正13年8月8日 5時 7.0 (上弦の月)
大正14年8月8日 11時 18.2 (居待月)
大正15年8月8日 17時 29.4 (三十日月)

(月齢は立秋時刻による)


今まで、考察してきた大正7年の8月6〜7日は立秋前となっており、暦の上ではまだ夏なのである。

もうじき鷲の停車場だよ。」というカムパネルラの言葉の後に、「いま秋だから」というジョバンニの思いが登場することから、これは、すでに午前0時をまわった8月7日の会話であることは察しがつく。
そして、通常は、8月7日が「立秋」にあたる日である。

賢治氏が通常の8月7日を「立秋」として、この物語を成立させたという可能性はどうなのであろうか。
もしそうであれば、「北半球」と「南半球」、「現世」と「霊界」というように、その接点として、「生命が頂点に達する夏」と「生命が沈み始める秋」の節目を表現したものとも思えてくるのである。
しかし、「もうすっかり秋だねえ」というカムパネルラの言葉は、8月6日に登場しているのである。
これは、立秋に関係なく、銀河鉄道の時間軸を現世より進めたのと同じく、季節も夏から秋へと進めることにより、現世からかけ離したかったたけではないのだろうか。

尚、旧盆の8月11・12日ないし15・16日、あるいは、それ以降の天体考察では、今のところ、白鳥座等の時刻が一致する日は見出せていない。

また、ジョバンニが天気輪の柱へと向かう道中には、「蛍」であろうと推測される昆虫も登場している。


五、天気輪の柱

草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜のあかりのようだとも思いました。

「銀河鉄道の夜」より



日本で観察できる「ホタル」には、渓流のような流れの早い水域に生息する「ゲンジボタル」、水田や湿原のような止水域を繁殖地としている「ヘイケボタル」がある。
前者は、5〜6月頃にかけて発光がみられるのに対し、後者は6〜7月頃にかけて発光するが、個体や地域等により9月頃まで発光がみられることもある。
また、この他に、林地や草地に分布する「ヒメボタル」も分布しているが、6〜7月頃にかけて森林内等の人目に付きにくい場所で発光するため、非常に目立ちにくい。
「ヒメホタル」は三種類の中で一番小型であるが、地域による大きさの格差がみられ、東日本には比較的大型のものが分布している。

賢治氏の表現したホタルは、「林のこみちを、どんどんのぼって行きました」という後に登場していることから「ヒメホタル」であろうという推測がつき、処暑や白露の時期の物語ではないという推測が成り立つのである。
青光りするキキョウ


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